会社を辞めるに辞められなくなったらどうするか新型コロナ後に退職代行が注目される理由

若井亮(わかい りょう)

弁護士

東京弁護士会所属弁護士、若井綜合法律事務所代表。
早稲田大学第一文学部卒業、慶應義塾大学法科大学院修了。不当要求対策、詐欺被害対策、男女トラブル、債権回収、刑事事件などに傾注。全日本労働問題研究会主催セミナー「解雇・退職のトラブルとその防止策」、TMR主催セミナー「不当要求対応の基礎」、「犯罪組織によるマネー・ロンダリングと投資詐欺への法的処置」など講演多数。

新型コロナをきっかけに、自宅でテレワークをするようになった人は多い。しかし、会社から距離を持つようになったことをきっかけに、転職を思い立つ人は多いようだ。もともと辞めたいと思っていたが踏み切れなかった人が、自宅待機によって辞める「後ろめたさ」が軽減されて退職を申し出るという場合もある。一方で、新型コロナをきっかけに早期退職の募集も増えている。辞めたい側と、辞めさせた側の思惑が合致すればいいのだが、そうでない場合に生じるのが「辞めさせてもらえない」という問題だ。そのため、「退職代行サービス」を利用して退職している人が増えているという。そこで改めて、会社を辞めることになったとき、円満にことを運ぶには、何に気をつければいいのか。どういうときに退職代行サービスを使う可能性を考えるべきなのか。労働問題に全般に詳しく、弁護士が手掛ける退職代行の実績もある、若井亮弁護士に話を聞いた。

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辞められるはずなのに、辞められない

若井弁護士によると、最初に退職代行サービスに注目したのは、2018年の9月頃、イグジットという会社がテレビ番組で取り上げられたときだ。「会社をやめるのは、日本国憲法第22条の職業選択の自由として、個人に認められた権利です。ですから、『やめられない』ということが現実にあるとは思っていませんでした」。

そして、個人が仕事をやめる際、誰かに会社との間に入ってほしいという需要があるということに驚いたという。
「やめたいのにやめられない。だからやめるという行為を代理で誰かにやってもらいたいというニーズがあり、弁護士に依頼するという選択肢が出てくるのです」(若井弁護士)。

長期休み後に退職希望者が増える理由

一般的に退職代行のサービスは、5万円程度が相場。やめたい人が代行業者にメールや電話などで相談すれば、会社に行ったり、会社の担当者や上司と直接話会社とは直接接触したりしなくても退職することができる。辞職の手続きは退職代行業者がすべて代わりにしてくれるのだ。
若井氏の事務所では、2018年12月にホームページに退職代行の窓口をつくり、無料相談を始めたところ、以来、毎月約30件ずつ相談が来ているという。そのうち20件程度の退職代行を実際に引き受けている。ゴールデンウィーク中や、夏休み明けには相談件数が増える。休暇のあいだに会社と自分の間に距離が生じ、改めて自分の仕事について考え直すことになるからだろうか。

辞めたくなる会社ほど辞めにくい

退職に関して、会社と法廷での争いになるケースは現実にはまれだ。しかし、上司にやめたいという意向を伝えても、とりあってもらえなかったり、無視されたり、退職届を受け取ってもらえないなど、会社に退職の意思を示したのになかなかやめさせてもらえないケースはよくある。そのため、退職代行者が退職者と会社の間に入ってやめやすくする、という意味はあるという。

「辞めたら損害賠償を請求する」

若井氏とともに、退職代行の実務に当たる石田智嗣司法書士によれば、
「人手不足の会社は、社員の退職をすんなり聞き入れないことがよくあります。『やめられると会社は損害を被るから損害賠償を請求する』とまで言う会社もあります。あるいは、普段からパワハラ、モラハラ行為がある、いわゆる『ブラック企業』の上司は、やめたいと言う社員を怒鳴ったり、侮辱したりする。『お前はやめても行くところがない』と洗脳しようとするケースもあります」
とのことだ。そのため、「上司に何を言われるかという恐怖からなかなか言い出せない、前に辞めた人が嫌がらせをされていたので、同じ目に遭いたくない」という相談も多いという。

実際に労働紛争となった場合を見ても、労働基準監督署に設置された、総合労働相談コーナーに寄せられた相談件数の内訳推移を見ると、会社に辞意を伝えたらやめさせてもらえなかった、などの自己都合退職に関する相談は10年間で2倍以上に増えている(図参照)。

自己都合退職に関する相談は10年間で2倍以上に
-労働紛争の相談内容別件数-


出所:厚生労働省「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」

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社員に「辞める権利」はあるのに、トラブルになるケースが多い

ベンチャー役員、経理担当者はなぜ「辞めにくい」のか

では、具体的にはどんな職種は業種で、退職時に問題が起きやすいのだろうか。

典型的なのは、ベンチャー企業などに創業当時からいる役員で、社長の右腕になっていたりするケース。その人がいなくなると、創業時からの人脈が失われ、また社内の歴史を知っている人がいなくなり、会社が回らなくなる。そのため、会社を説得して退職が完了するまでに、1か月かかったケースもあるという。

また、一般的に「経理担当の人は辞めにくい」という傾向もある。特に中小企業では、経理担当者が社内に一人しかいないことも多い。会社は、「一人しかいない経理担当者に辞められると、企業活動に支障が出る」と考える。すると、代わりの担当者が見つかるまではなかなか辞めさせてもらえないといったことになりがちなのだ。

代わりがきかない仕事ほどトラブルになりやすい

このほか、塾や予備校、専門学校の教員も辞めにくい。年間で授業スケジュールが決まっていたり、特に生徒がその講師になついていたりすると、強引な引き止めにあいやすい。

また、障害者施設などで働く職員も引き止められやすい。担当している人とのあいだで一対一の強固な信頼関係を築くことや、障害の程度や担当している障害者の生活パターンを熟知していることが前提になっているため、「この人の担当はその職員でなければ務まらない」という状況になりやすいからだ。なお、介護施設の職員の場合は、チームで複数の患者を担当する形になっていれば、一対一の関係に縛られることは少ないという。

「退職にそなえる義務」は会社にある

ただし、会社側に以上のような事情があるとしても、「会社は使用者の責任として、普段から、社員が退職しても業務がまわるようなしくみを整え、不測の事態に備えておく義務があります。ですから、『やめられたら会社がまわらず、会社が損害を受ける』という言い分は、法的には通用しません」(若井弁護士)。

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自分の仕事が「辞めにくい仕事かどうか」を知っておく

「就業規則には2か月前と書いてある」

また、トラブルの内容としてよくあるのは、「就業規則では2か月前に言うことになっているので、いま辞めると言われてもすぐにはやめさせない」などというものだ。
しかし民法では、「自己都合で会社を辞める場合、2週間前に辞めたいとの意向を伝えなければならない」と定められている。民法は会社の就業規則よりも優先されるので、就業規則に2か月前と書いてあっても、法律上は、2週間前に言えばやめられるのだ。

「我社に有給休暇なんてない」

有給休暇についてはどうか。「『有給休暇なんてない』と言う乱暴な会社もありますが、入社後6か月が経過している正社員やフルタイムの契約社員は、労働基準法の改正により、2019年4月1日から、年5日以上の有給休暇を与えることが義務化されています。辞めるだけで大変なのに、有給まで消化するのは難しいように思われるかもしれませんが、本人が希望さえすれば、有給消化は認められます。法的な根拠に基づいて主張すれば、会社から押し切られることはまずありません」(石田司法書士)。
残業手当についても、残業をしたことを証明できれば、残業手当を受取る権利がある。

「仕事で大失敗したばかり」でも辞められるか

このほか、辞める本人が会社に対して何らかの負い目を感じているため辞めにくい、というケースもある。たとえば、自分が担当しているプロジェクトで損害を出してしまって、やめにくいというケースだ。しかし、「本人が会社の資金を横領している、本人に故意に会社に損害を与える意図があった、などでない限り、個人が会社の事業の失敗について、損害賠償をしなければならないということはありません」(若井弁護士)。

「退職」と「借金」は切り分けて考える

これは、本人が会社から借金をしているような場合でも同じだ。「辞めることと、借金を返すことは別問題なので、切り分けて考えればいいのです。退職については手続きを進めて退職する一方で、それとは別に借りたお金は辞めた後にも返済をしていけばよいのです」

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無茶な主張をされても、慌てる必要はない

弁護士に依頼するか、弁護士ではない業者に依頼するか

「辞められない」ことは起きない

では、第三者に退職手続きを代行してもらいたいと考えた場合、代行者をどのように選べばいいのだろうか。
「時間に余裕があるなら、無料相談をどんどん利用して、担当者との相性や、対応を見るのがいいでしょう」と若井弁護士は言う。「辞められなければ返金」を謳い文句にしている業者もいるが、「会社をやめるのは労働者の権利なので、退職業者を使おうと使うまいと100%退職できます。だから、『やめられなければ返金する』というのは、宣伝文句としてはおかしいのでは」とのことだ。

なお退職代行の依頼先は、弁護士ではない退職代行業者と、弁護士に大別される。
弁護士でない退職業者の場合は、依頼を受けた個人から会社に対して辞職の意向を伝え、会社との間に入ってやりとりを中継するということが退職代行業務の中心になる。直接会社と話をするのがいやだとか、直接言うと引き止められそうなので、あいだに入って取り次ぎをしてほしい、ということであれば、法律上も問題ない。

法的な代理交渉は弁護士でなければできない

一方で、会社から脅迫めいたことを言われたり、実際に嫌がらせをされたり、相手が法律的に間違ったことを主張してきた場合には、堂々と第三者的な立場で、間違いを正せるのが弁護士をあいだに入れることの利点だ。法的なトラブルが生じ、個人に代わって会社と何らかの交渉をするということは弁護士でなければできない業務だからだ。

そこで、弁護士でない退職業者のなかには、会社側と何らかの交渉をしなければならないときに備えて、「団体交渉権」を持つ「労働組合」となる申請をして、労働組合として、退職の交渉をするという、これまでにない動きも出てきている。

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法的なトラブルになったら、弁護士に頼む必要がある

日頃からしっかり、ドライに働く

一社に勤めて定年まで勤め上げるという時代ではなくなっている現代では、会社を辞めることは、誰にとっても非現実的な話ではなくなっている。今すぐ会社を辞めるつもりがなくても、会社員が日頃から気をつけるべきことは何なのだろうか。

普段からコピー、録音を心がける

「いざ会社をやめるとなると、個人は会社に比べて、情報量で圧倒的に不利になります。就職したら就業規則をチェックし、コピーを取っておく。また、日々の業務の内容や残業時間などは、意識的に自分の記録として残しておく。パワハラ的なメールを受け取ったら、出力しておく、呼び出されて嫌がらせをされそうなときは、録音をしておく、といったことを心がけておくと、万が一の時に役立ちます」(若井弁護士)。

ホウレンソウや情報共有を怠らない

さらに、円満退職のために気をつけるべきことは、引き継ぎがスムーズに進むよう、自分の業務について周囲と情報共有しておくことだ。「ホウレンソウ」をきちんとする。自分がいなくなってとも穴があかないように、自分の業務を可視化してメモなどに残しておくことだ。

会社との関係では常に緊張感を保ちつつ、組織として与えられた業務はしっかりこなして、周囲との関係性と情報共有にも配慮する。このように普段から会社とのドライな関係性も意識しておくことが、退職時のトラブルを予防し、トラブルとなった場合の解決をスムーズにすると言えるだろう。

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会社と自分の関係を見直して、ドライに、しっかりと働こう。

構成=奥田由意 編集=eon-net編集室