紙の契約はむしろ危険!はんこと書類をなくして年間1000万円を節約する方法

横山 公一(よこやま こういち)

公認会計士・税理士、ペーパーロジック株式会社代表取締役社長兼CEO

1991年監査法人トーマツに入所。監査業務、株式公開支援業務、関与先ABS発行の会計税務等を担当。1999年創業メンバーとして青山綜合会計事務所を設立し、代表パートナーに就任。同社を取扱ファンド数1,500、管理金額4兆円、金融特化型会計事務所の国内最大手に導く。2011年ペーパーロジックを創業。2017年9月より一般財団法人日本情報経済社会推進協会電子契約ワーキンググループ委員も務める。ファンド管理のスペシャリスト。

コロナの感染拡大防止にともなう自粛要請で、多くの企業でテレワークが進んでいるが、はんこを押すためだけに出社しなければならない社員が大勢いることがニュースで話題になリ、これを期に文書をペーパーレス化しようという動きも出てきている。そもそも社内文書、契約書などの書類が「紙」であるために、どれだけの無駄や非効率が生じているのか。そして、それらを電子化することによって得られるメリットとデメリット、スムーズに切り替えるコツなどを、ペーパーレス化の導入ノウハウに明るい公認会計士・税理士の横山公一氏に聞いた。

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 はんこが多い会社は、コスト意識が乏しい はんこが多い会社は、コスト意識が乏しい

会社書類のほとんどはデータ保存でOK

「公式な文書にははんこが必要」は大間違い

ワープロソフトで契約書を作成、2通をプリントアウトして甲乙とし(必要な場合には印紙を貼って消印を押し)、甲に署名捺印して取引先に郵送。受け取った取引先はその2通に署名・捺印して1通を保管、もう1通を送り返してくる――あなたの会社ではありふれた契約の手順かもしれない。

「いやいや、うちはメールで送ってますよ」という場合も、契約書をPDFにして添付ファイルで送るのが関の山。受け取った相手側はそれをプリントアウトして署名・捺印し、郵送で送り返していたりするのではないだろうか。

デジタルで作ったものをわざわざ紙に出力し、人手と燃料と送料と時間を費やして郵送しなければならないのはなぜなのか!? 文書の保管は紙でないといけないから? はんこを押さないといけないから? 印紙を貼る必要があるから?

これらが未だに「紙に出力している理由」なら、とんでもない勘違いをしている。契約書に限らず財務・税務・法務に関わるほとんどの文書は「e-文書法」や「電子帳簿保存法」でデータ保存が認められているし、電子署名を用いればもはやはんこは必要ない(電子署名及び認証業務に関する法律)。そして、印紙税はあくまで「紙」の文書が対象なので、電子契約であればそもそも印紙はいらないのだ。

 ペーパーレス化で約1700万円のコスト削減も ペーパーレス化で約1700万円のコスト削減も

法律は約20年前に整備

「契約書を電子化すれば印紙代がいりません――そういうと『え!?そうなんですか?』とびっくりされる方が大半です。『じゃあ、はんこはどうするんですか?』と聞かれる方もいます。電子署名にすればはんこがいらないと言うと、さらに驚かれます。裏付けとなる法律は約20年前に整備されているのですが、まったく知られていないのです。契約書を電子化することによって節約できる印紙代や切手代、保管しているスペース分の家賃を計算してどれだけ経費が節減できるかを示すと、ほとんどの方が『それは、どうやったらできますか?』と聞いてきます。まったく難しいことはないのです。やろうと思えば今日からでも可能ですよ」(横山氏)

電子化できるのは契約書にとどまらない。稟議書、見積書、発注書、納品書、検収書、請求書、領収書、それに財務・税務・法務に関わる文書や帳簿……等々。オフィスで作成される書類の、少なく見積もっても9割以上は電子化(ペーパーレス化)できる。

「財政的な効果は業種や会社ごとに異なりますが、たとえば従業員100名規模のある不動産管理会社は最近、社を挙げて電子化に取り組み、年間約1700万円ものコスト削減に成功しました。内訳は印紙税が約200万円、通信費が約600万円、保管費が約100万円、そして人件費が約800万円です。この企業では紙の文書に費やしていたコストや人材を、成長分野に振り向けることができました。日本全体で書類の電子化が進めば、いったいどれだけの効率化が図れるでしょう」(横山氏)

電子化で約1700万円のコスト削減に成功した不動産管理会社の例

電子文書は紙よりも偽造や改竄に強い

紙の契約書こそ「危険」である

紙とはんこでなければ偽造や改竄が心配だという人もいるが、その懸念はむしろ逆だ。偽造や不正の多くは紙でこそ行われたし、はんこなども、悪意を持った人間がその気になればいくらでも偽造ができる。特に近年は、スキャナーの性能向上や3Dプリンタの登場などによって、はんこの偽造が以前と比べて容易になった。

電子データの場合、今は、電子署名やタイムスタンプ、さらにはブロックチェーンなど改竄のできない(万一改竄されてもすぐにそれが発見できる)システムがあり、紙とは比べものにならないほど安全性が高まっている。つまり現在では、紙での契約こそが危険といってもいいのだ。データの消失に関してもクラウド上に保管し、かつバックアップが取れていれば心配はない。

時間の節約とテレワーク

「会議資料を人数分コピーしてホチキスで綴じる、上長に決済のはんこをもらう、経費の申請書と領収書を経理部に提出する、会社のファイル棚にある資料を使う……それがなければ出社する必要はなかったという日が、月に何日かはないでしょうか。会議資料がPDFで全員に送信できれば、上司が電子署名で決済してくれれば、経費精算がスマホで撮影した領収書の画像でもよしとされれば、社内資料がすべてクラウド上に保管されていれば、わざわざ出社せず家でも旅行先でも仕事ができるのではないでしょうか。ペーパーレス化が進めば、そんな働き方も可能になります」(横山氏)

現在多くの企業で取り組まざるを得なくなっているテレワークにも大いに助けになるだろう。

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今ははんこよりも電子署名のほうが、コストがかからないうえ、安全

 なぜ日本人ははんこが好きなのか? なぜ日本人ははんこが好きなのか?

紙とはんこの文化が強固

「老害」が効率化を阻む

コストが削減でき、効率が上がり、安全性が高まる。無駄な仕事が減って、予算と人員をより生産性の高い仕事に振り向けられる。あるいは社員がゆとりをもって仕事にあたることができる。良いこと尽くめなのに、日本のペーパーレス化は先進国の中でも格段に遅れている。その理由は何なのか?

「これまで綿々と紙とはんこの文化でやってきて、問題なく業務が回ってきたからでしょう。将来は電子化/ペーパーレス化になるのだろうと漠然とは理解していても、“今”自分たちが変えなければならない理由やきっかけが見つからない。取引先や納入業者など相手があるものだと、こちらの都合だけで切り替えるわけにもいかない。そうすると、日本人が大好きな横並び意識で“とりあえずもうしばらくは様子を見よう”ということになってしまうのです」(横山氏)

いつやるか!? という議論が持ち上がったときに「今でしょ!」という空気にならないのは、社員の年齢構成が関係しているだろう。総じて年齢層が高めの社員よりも若い社員の方がデジタルとの親和性は高い。若い社員が「そろそろウチも電子化を取り入れませんか」と提案しても、ベテラン社員がああだ、こうだと理由をつけて先延ばしを主張する。大きな発言権を持っているのは後者なので、結局は様子見で押し切られてしまう。

「いずれは子どもの頃からスマホを使い、デジタルに何の抵抗もない世代が主導権を握る日がくるでしょう。でも、それでは遅いのです。現在、日本企業のほとんどは慢性的な人手不足に悩んでいます。しかも、この状況が改善する見込みがないことは人口ピラミッドの年齢分布を見ても明らかです。新卒人口はますます減少し、社員の高齢化は進みます。今、効率化へと舵を切れない企業は早晩、立ち行かなくなるでしょう」

このままでは日本は世界の潮流から取り残される

仕事を奪われる管理部門は導入を嫌う

部署による温度差もあるかもしれない。社内で専ら文書を重視して扱うのは経理部をはじめとする管理部門だが、保守的で新しいことに取り組む文化がない組織も多い。

「『紙に書かれた数字や文字の間違いを見つけることに長け、どの書類が社内のどこにあるかを把握していて必要に応じて素早く取り出すことができ、重要書類の厳重な保管に神経を注ぐのが自らのプロフェッションだ』と思っている人が多いのです。それが、電子化で自動的に数字や文字の間違いが検出され、検索機能で簡単に文書が呼び出せ、暗証番号で安全に管理されたクラウド上に保管されたとしたら、自分たちの存在意義が脅かされるのではないかと危機感を抱く人もいます」

中国やアフリカはとっくにデジタル化

しかし、このままでは日本は完全に世界から取り残される。欧米は電子化への切り替えが急速に進み、日常的な請求書や提案書のやり取りはペーパーレスが当たり前。会社同士の契約書もデジタル化され、そこに電子署名とタイムスタンプを押すことで契約内容の真正性を保証する形がとられている。中国やアフリカは発展が遅かったせいで、最初からデジタルでのやり取りが当たり前になっている。

日本も「電子帳簿保存法」が制定されたのが1998年7月なのでスタートは決して遅くはなかったが、先に挙げたような理由から普及が進まず現在は大きく後れを取ってしまっている。

日本の労働生産性はOECD加盟国35カ国中21位の低さだ。電子化の遅れだけが原因とはいえないが、これまでの「働き方」を根本から見直して変えていく努力をしなければならないのは明らかだ(データ出典:OECD、日本生産性本部)

「センセイ」が動いてペーパーレスへ

 「2005年にe-文書法が制定された時には、複合機メーカーを中心に『これで日本のビジネスシーンも一気にデジタル化する』と相当に盛り上がりました。けれどもあの時は、会計士/税理士/弁護士などの士業関係者が一切、動かなかったのです。というのもハードばかりが先行して、その当時の税務や法務に関する業務フローに沿っていなかったからです。その点、今回は働き方改革を推進する政府に加え、そうした専門士業が強力に推進しようとしているところが違います」(横山氏)

それでも、まだ「笛吹けど……」の感はある。働き方改革は「残業を減らすこと」程度の認識しかない人も少なくはない。それでも横山氏は「風が吹くのはこれから」という。

「高速道路のETCの普及を思い出してみてください。導入から3年ほどは‟なぜ高速料金を払うのにわざわざ機器を買わなきゃならないんだ”と、なかなか設置が進まず利用率は1桁台で推移していました。ところが4年が経過した頃からじわじわと伸び始め、利用率が16%を超えたあたりから急速に利用が増え始め、さらに4年が経過する頃に利用率が80%を突破しました。現在は92%超える車がETCを装備しています。新しい製品やサービスはほぼ同じような過程を踏んで市場に普及しています。つまり、利用率があるポイントを超えると雪崩を打ったように皆が使うようになるのです。ビジネス文書の電子化も“沸点”は近いと見ています」(横山氏)

しかも、その後ご存知のとおり、コロナ禍による待ったなしでテレワーク導入が始まり、ペーパーレス化を後押ししそうだ。

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保守的だった管理部門や士業関係者も、コロナ禍でようやく動き出した

 スムーズなペーパーレス化の極意 スムーズなペーパーレス化の極意

何から手を付けるべきか?

まずは、自社内からはじめる

文書の電子化/ペーパーレス化はある日突然にスパッと切り替えられるわけではない。紙と電子データを併用する期間、あるいは社員がペーパーレス化に慣れるまでのならし運転期間は必要だ。急にやろうとすれば現場は混乱するし、拒否反応も強く出る。

「私は無理なくできるところから、電子データに切り替えていくことをお勧めしています。どこから手を付けるかはケースバイケース。取引先との連携が心配であれば、まずは社内文書、たとえば会議資料あたりから始めてみてはどうでしょう」(横山氏)

紙を配布するのでなくタブレットを用意して、紙と同じようにめくって資料に目を通せるようにする。その資料は会議のあとで議事録に添付してメールで一斉送信する。社内会議の資料であれば、法的なルールはない。どうしても紙でなければ納得いかないという人は自分でプリントアウトするだろうが、少なくとも会議の前にコピー機を使って大量に印刷する作業はなくすことができる。

会社上層部にペーパーレスの便利さを気づかせる

「ある会社は大胆にも役員会や取締役会の議事録から、電子化に踏み切りました。それまでは担当者が議事録をまとめ、一人一人に承認のはんこをもらって回っていたそうです。ところが社外の取締役や役員・監査役のはんこをもらうのが大変で、結局は次の会議が始まる前に前回議事録のはんこをもらうのが常態化していたとか。ところが議事録をメールで送り、確認して“承認”の返信をするだけで済むようにしたら、これが大好評。あっという間に承認作業が済み、電子化に対する理解も一気に進んだのです」(横山氏)

食わず嫌いの勢力が「取引先が……」「税理士の先生が……」と進言するデメリットを聞いて「とりあえずウチはまだ様子見でいいか」と思っていた役員達だが、自分でやってみたら何のことはない、画面に表示されたボタンを押すだけでコトが済んでしまう。上層部が「なんだ電子化ってやつはこんなに簡単で便利なものなのか」と理解したこの会社は、トップダウンで電子化へ舵を切ったという。

ボトムアップは経費精算システムから

社員全員の手間が省ける

なるべく多くの人に理解を得るという点では「経費精算」も手をつけやすいジャンルだ。なぜなら経費精算は部署や役職を問わず、ほぼすべての社員が毎月同じルールに従ってやっている。しかも、ほとんどの社員がそれを「面倒くさい」と思いながらやっているのだ。電子化/ペーパーレス化によって簡単になるのなら、歓迎しない人はいないだろう。

「欧米では法人クレジットカード(会社の口座から引き落とされる)の利用が主流ですが、日本では社員が経費を立て替えてあとから精算するやり方です。週1なり月1なりの期日までに所定の用紙に日付・金額・用途を書いて、領収書を糊付けした台紙を添付して提出します。忙しい最中にこの“雑用”に時間を取られ、期日に遅れれば小言を言われ、不明点について問い合わせがくる。ところがこれを電子化すると領収書にサインしてスマホでパシャと撮影するだけで経費申請が終わります。承認する上司もスマホのボタンを押すだけですし、経理部も打ち込んだり申請書・領収書を管理する手間がありません」(横山氏)

“非本業”から手を付ける

もう1つのポイントは、経費精算はすべての社員にとって“本業ではない”ということだ。部署によって運用の仕方が異なる作業で横断的に電子化/ペーパーレス化をやろうとすると必ず「ウチの事情をわかってない」と拒否反応を示す人がいて、なかなか足並みが揃わないものだが……

経費精算であれば、感じているところは皆同じです。他部署の領域を荒らしていることにもなりません。その上たいていの場合、立て替えた経費は紙で申請するより早く入金されますから、誰にとってもいい話です。経営陣からはコストの問題が言われるかもしれませんが、業務の効率性や不正のしにくさ、書類の保管コストの問題などを説明すれば納得されやすいのではないでしょうか?」(横山氏)

クラウド型の経費精算システムであれば、手頃な月額料金(2000~3000円代から)で導入できるものもある。そうした汎用品を使えば新たに独自のシステムを組む必要などないし、基準を満たしたサービスを採用すれば税務/法務上の要件もクリアできる。

部署を横断して話のできる「旗振り役」が必要

取引先が紙ベースだったらどうするか

トップの理解が進み、ボトムアップでペーパーレス化を進めたら、その後はどのように業務の効率化を進めていけばいいのだろうか。社内/社外を問わず会社の業務フロー全体を網羅して、一元的にペーパーレス化を実現できるパッケージソフトは残念ながらほとんどない。稟議書や会議資料などを作る事務系のソフト、見積書や契約書や請求書を電子化できる取引系のソフト、顧客管理システム、経費精算や決算に対応した会計ソフトなど個別分野のものを、それぞれ使いながらAPIで連携させて使っていくことになる。

「社内で完結する文書が電子化されたら、次に関連会社/グループ会社に広げていく必要があります。取引先とのやり取りになる契約書や請求書などは紙と電子データを併用することになるでしょうが、例えば契約書などは『郵送もできますが、電子契約にすれば印紙税がかかりませんよ』と水を向ければ『ならばそちらで』と応じる相手もあるでしょう。納品書や領収書など、他社が発行するものは相手次第になりますが、自社に入ってきた段階でスキャンを取って電子化すれば、少なくとも自社内ではペーパーレス化が実現します」(横山氏)

反対する人の話を聞いてあげる

ただ、多くの会社で問題になるのは、こうした具体的な電子化/ペーパーレス化を“誰が”主導するのかということかもしれない。トップが「電子化GO!」へと舵を切っても、実際には現場で動く旗振り役が必要になる。

「デジタルやICTについてのリテラシーが高いことは必須条件ですが、それだけでは足りません。ビジネス文書は部署間・会社間を行き来するわけですから、各部署や取引先の事情や仕事の流れをある程度知っていなければなりません。社内にはほぼ必ずといっていいほど電子化に後ろ向きなことを言う人たちがいますから、そういう人たちの不安や懸念を理解して話ができる(話を聞いてもらえる)ことが必要です。そうして電子化/ペーパーレス化に前向きな仲間を増やしていける人が“旗振り役”には適任なのです」

システムを一から作り上げる必要はなく、パッケージソフトやサービスを選定すればいい。法律に準拠したものを選べば、すべてのデジタル文章が法的要件を満たした形で作成・保管される。わからないことはサポートに問い合わせればいいし、必要ならば専門家のアドバイスを仰げばいい。旗振り役自身が専門知識に長けている必要はない。それよりはコミュニケーション能力のほうがよほど大切というわけだ。

選定に神経質になりすぎず、とりあえず導入

「どんなソフトやサービスを選定すればいいかですが、私は税務・法務の基準を満たしたものならどれを選んでも大きな差はないと思っています。そしてある程度シェアがあり、名の知れたものならその基準はクリアしています。あとは料金体系や口コミ(関係会社が採用しているなど)で選んでも失敗はありません。のちのち乗り換えたいとなった場合も、データは移行できます。」

電子化/ペーパーレス化のメリット(経費削減、生産性向上、内部統制の強化)は計り知れず、デメリット(移行に要する手間と時間、併用期間の煩雑さ、設備投資のコスト、法律が電子化に対応していないものが残っている)は限定的だ。あとは決断する勇気を持てるかどうか――今こそ、一歩を踏み出すタイミングかもしれない。

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ペーパーレス化は、社内の上と下からの“挟み撃ち”で進めよう

文=渡辺一朗 イラスト=タケウマ 編集=eon-net編集室